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July 31, 2006

魔法使いハウルと火の悪魔(ハウルの動く城)

魔法使いハウルと火の悪魔(ハウルの動く城1)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

ご存知ハウルの動く城の原作本です。
小説のハウルは、女の子を口説くために何時間もお風呂に入り、
好きになった女の子のもとに通うおしゃれ好きでちょっと経済観念のない美しい青年です。

魔法使いのいる世界で、3人姉妹の長女として生まれた不運に嘆く(たいていお話では末っ子が主人公なので)ソフィーが
妹をハウルから守るため、バラバラに切ったハウルの上着を縫い直しているときにハウルが一言。

「どうしてぼくの上等の服でジグソーパズルをはじめたんだろうなあ」

たぶんパッチワークのような状態だと思います。そういえばジグソーパズルとパッチワーク、似てますよね。
(パッチワーク柄のジグソーパズルなんてもしあったらとても難しそうです!!)

映画のハウルと、小説のハウルはまったく別人。お話も他の登場人物の設定なども違うので
両方を比べてみるのも面白いと思います。(^^)
(小説は第2巻まであります。2巻ではハウルとソフィーの子供もでてきます)

★小説のハウル ★映画のハウル

ホーム:ジグソーパズル×ランド

ハウルの動く城のジグソーパズルはこちら

July 30, 2006

フリーゲーム

警察庁のサイトで、ジグソーパズルのゲームに挑戦すると壁紙がもらえるイベントをやっています。

警察庁セキュリティーポータルサイト@police
http://www.cyberpolice.go.jp/

ゲームは25ピースのキャラクター画です。

July 15, 2006

3Dパズルがお得!

人気のアンティークグローブ、廃版になったパズル、地球儀パズルを
訳あり特価コーナーで大放出中です!
早い者勝ち!

特価3Dパズルコーナー



その他、ピース数、種類もいろいろ!売切れ御免!

July 12, 2006

パズル 山田 悠介

パズル 山田 悠介

有名進学校が占拠された。人質の教師を助けたければ、
校内に隠された2000ピースのジグソーパズルを48時間で探しだし
尚且つ組み上げなければいけない・・。

アマゾンで「パズル  山田 悠介」を見る


 この小説が面白いか面白くないかは置いておいて、
実際問題として、一般人の犯人が2000ピースのオリジナルジグソーパズルを
1個だけ、人知れず作るのは難しいと思います。

(ただし犯人がジグソーパズル製造に関わる人間なら別です。
製造過程でこっそり差し込みすれば可能かもしれません。
また写真の引き伸ばしに出力センターなどへ予め行かなければならないでしょうから
その辺りからも足はついてしまいそうです。)


 現在オリジナルジグソーパズルを作成しているメーカーは
ビバリーさんの300ピース
台紙サイズ(39.5cm×26.5cm)より大きめの原稿からなら作成できます。

 やのまんさんでは1000ピースまで作成していましたが現在は休止中だそうです。

 検索したら他にもいくつかサービスをしている会社がありました。
1000ピースまでなら気軽に作れる、ということでしょうか。
1000ピースなら48時間あれば、
ピースを探して組むのも不可能ではないかもしれません!?ほんと?

July 11, 2006

クワイエットルームにようこそ

クワイエットルームにようこそ 松尾 スズキ

 恋人との別れ話から薬を飲み過ぎてしまい、気がついた時には精神病院の閉鎖病棟の中・・。
途中の仕事はどうするのか、どうすれば退院できるのか。
そこに入院する人々との退院するまでの非日常なお話。

第134回芥川賞候補にもノミネートされた作品。

アマゾンで「クワイエットルームにようこそ」を見る


ジグソーパズルは入院中の女の子が一生懸命組む描写で出てきます。
作品はエッシャーですが、そこに入院している人々を暗示するような作品です。
(組み上がってはじめて、こういう絵柄だったのか、とわかる仕組みになっていますので
作品名はあえて書かないことにします)



ホーム:ジグソーパズル×ランド

エッシャーのジグソーパズル

July 09, 2006

ジグソーパズルの歴史

1760年頃、イギリスはロンドンの彫刻師及び地図製作者である ジョン・スピルズベリー(John Spilsbury)によって考案されたと言われています。

彼は1枚の地図を板に貼り、国境の境界線に添ってカットすることで組み合わせ細工として作成しました。 このすばらしいアイデアは、教育現場で受け入れられ、英国の子供たちに地理を教える教材として人気を博しました。 1800年代の初頭まではジグソーパズルは教育の道具としての色彩が強かったようです。

のちに踏み板のこぎりの導入により、より複雑なカットができる様になりました。 ジグソーパズルの名前の由来は、この『糸のこぎり=Jigsaw』から来ています。

現在のような紙製のジグソーパズルが出来たのは、1800年代の終わり頃。ボール紙を利用したジグソーパズルが登場しました。 それまでの木製パズルはかなり高価でしたが、1900年代に入り次第に安価なボール紙製ジグソーパズルが普及していくことになります。

紙製のジグソーパズルは糸のこぎりでの切断では無く、プレートに固定された金属製の抜き型で押し切る形での切断になります。 印刷技術・製造技術も次第に洗練され、大量生産が可能になりました。

子供の教材としてスタートしたジグソーパズルも、1920年代〜30年代になりますと大人向けの絵柄も普及。 より複雑で、より多数のピースに切断されたジグソーパズルが誕生しました。 一種の中毒患者がでるほどのブームも訪れ、娯楽遊具としての地位を築き上げることになりました。

日本では、1970年代に入り次第に輸入されるようになりました。 1974年、名画「モナリザ」の日本公開でモナリザブームが到来。 1973年から輸入された「モナリザ」ジグソーパズルもこのブームによって売れ、 ジグソーパズルの日本での普及の先駆者となりました。

しかし、モナリザ以外の輸入ジグソーパズルは絵柄的にもそれ程日本人に受け入れられませんでした。 そんな中、登場したのが国産ジグソーパズルです。日本の風景が中心でしたが次第に日本市場に浸透していきました。

優秀な日本の技術によって品質、絵柄のバリエーションなど、 日本人の気質にあった商品が世に送り出され、日本でもジグソーブームがやってきました。 ただし、欧米の普及と日本のそれとは明らかに違う現象があったのです。

それは、日本のファンは一度組んで完成されたパズルは奇麗に飾っておきたいということでした。 欧米では繰り返し組んで遊ぶ娯楽として普及したものが、 日本では達成した喜びを部屋に飾って置くというインテリア指向のホビーとして花開いたのです。

日本でのインテリア指向としての普及の陰には、ジグソーパズルをより奇麗に飾る為の専用パネルフレームの登場も忘れてはいけません。 様々なパズルサイズ・色に対応したフレームは、高級な絵画にも引けを取らないような立派なアートとしてジグソーパズルを演出することになりました。

アルミ製のシャープな感覚のもの、落ち着いた雰囲気を演出する木製のもの。 専用パネルの存在は、組み立て時の専用ボードとしても重宝なアイテムとして、日本のジグソーパズル市場では無くてはならない存在になりました。

1980年代後半〜1990年代前半には日本でも一大ブームがやって来ます。 インテリアという観点から、絵柄も最先端の画家・写真家の作品が採用されました。 また、よりファッショナブルに飾りたい欲求から暗がりで光るジグソーなどの人気も爆発しました。

絵画を買うよりも、安いうえに組み上げる楽しさまで与えてくれる。 そんなお買い得感のあるジグソーパズルは、瞬く間に私達の生活空間に溶け込んでいきました。

純粋にパズルとして組む楽しさと出来上がったときの喜び。さらに、お部屋のインテリアとして飾る楽しさ・・・

欧米では、230年の歴史があるジグソーパズルも、日本ではまだ30年程の歴史しかありません。 しかし、日本独自の技術で発展し進化の道を歩み始めました。

老若男女、全ての人々が個々のスタイルで楽しめるのもジグソー パズルの良いところでしょう。色・形を見、そして考え、指先ではめる。 幼児の教育的効果、老人のボケ防止効果もあると言われています。 また、“一片一片ピースを集めて元の絵に戻す”という作業から心を癒す効果もあるようです。

長時間楽しめて、非常に安価が魅力のジグソーパズル。私達の生活習慣に溶け込んで今後も進化し続けることでしょう。

ホーム:ジグソーパズル×ランド
モナリザのジグソーパズル販売 
ジグソーパズルのパネル販売